薄桜鬼

ミュージカル『薄桜鬼』原田左之助 篇

シリーズ累計100万本を超える大人気ゲーム『薄桜鬼』、アニメを始め、メディアミックスも盛んなコンテンツだ。ミュージカル『薄桜鬼』最初のシリーズは2012年『ミュージカル『薄桜鬼』〜斎藤一篇〜』、その後、次々とコンスタントに制作され、今回はなんと第8弾となる。それ以外には『ミュージカル『薄桜鬼』HAKU-MYU LIVE』、こちらはいわゆる【LIVE】で過去2回上演している。
原田左之助、史実では1840(天保11)年に伊代松山藩に生まれ、藩の武家奉公人だったそうだが、後に出奔、備中松山藩士の谷万太郎から宝蔵院流槍術の免許皆伝を受け、槍の名手として知られるようになったと言われている。江戸試衛館の近藤勇に付き従って浪士組に参加して上洛した。鳥羽伏見の戦いや甲陽鎮撫隊まで新選組として戦ったが、その後は近藤勇らと袂を分かち、永倉新八と共に靖兵隊を結成するも、ここも離れて彰義隊に加入したとされる。上野戦争の際に負傷し、それがもとで1868(慶応4)年に没したとされる。享年29歳であった。こういった史実を押さえていると面白さは倍増する。また、性格は短気だったそうで、上司に当たる武士と喧嘩し、カッとなって本当に腹を切ったそうであるが、幸いに傷は浅く、命に別状はなかった。その傷が元で「死に損ね左之助」とあだ名されたそうである。それで腹に傷が残ったが、天気の良い日には傷をさらして自慢した、という逸話が残っている。また、史実では結婚しており、「茂」という名の息子をもうけている。なお、妻であるまさは1930(昭和5)年まで生き、多くの孫たちに囲まれて亡くなったと言われており、新選組の証言などをまとめた記録文書新選組三部作にて夫・左之助の事を語っている。『薄桜鬼』は、こういった史実のエピソードを混ぜ込み、虚と実を上手く融合させているのが人気の秘密でもある。

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