【レポート】歌劇『明治東亰恋伽〜朧月の黑き猫〜』

明治東亰恋伽

歌劇『明治東亰恋伽〜朧月の黑き猫〜』

『明治東亰恋伽』は女性向け恋愛アドベンチャーゲーム、ゲームのみならず、ドラマCDや小説、イベントDVD等のメディアミックスを展開している。2015年には劇場アニメ版が、今回は初の舞台化、それもミュージカル仕立てとなる。モバイル用ゲーム版は選択肢が存在する。このゲームに登場する人物は、ほとんどが明治時代の文化人。森鴎外や川上音二郎等、教科書やテレビドラマでおなじみのキャラクターで、人物設定は全くの荒唐無稽ではなく、森鴎外は大の甘党で酒が飲めず、あんぱんが大好き、饅頭茶漬けを好んで食べたそうである。また、風呂が嫌いでたらいを前に身を清めていたそうである。また菱田春草は網膜炎を患っていたし、有名な戯曲『滝の白糸』は泉鏡花の小説『義血任血』を脚色したものであるが、川上音二郎一座により明治28(1895)年に浅草座で初演、これは新派の代表的な演目のひとつとなってあいる。ゲームのキャラクター設定と史実、上手くシンクロさせている部分が多いので、ここは知っていると面白さは倍増する。

ストーリーは現代に生きる女子高生の綾月芽衣(青木志穏)が赤い満月の夜に謎の奇術師・チャーリーのマジックによって明治時代の東京にタイムスリップしてしまい、しかも現代での記憶をほとんど忘れてしまう。鹿鳴館に連れていかれた芽衣はそこで開かれていたパーティで森鴎外(荒木宏文)らに出会うことになり、彼らと共に明治時代を生きることになる。そして芽衣は物の怪を見ることができる「魂依(たまより)」という特殊能力者だということが分かる。現代に戻りたいのであれば一ヵ月後の満月の夜にもう一度マジックをかけてあげると言うチャーリー。芽衣が選ぶのは現代か、それとも…というのがおおまかなストーリーである。演出は『戦国無双』や『ハートの国のアリス』等のゲーム原作の舞台化で知られる吉谷光太郎が手掛ける。

幕開きは主人公の綾月芽衣が中央に、そして「芽衣ちゃん」と複数の声が聞こえ、芽衣は「誰なの?」と問いかける、どこか懐かしく感じる声、オープニングとなる。チャーリーのマジックによって明治時代の東京・日比谷公園にタイムスリップした芽衣だが、すぐにそうとはわからずにチャーリーに「駅は?」と尋ねたところ、タイムスリップしたことを告げられ、びっくり仰天、教科書でしか知らなかった偉人たち、森鴎外や小泉八雲(汐崎アイル)に遭遇、このよく知ってる偉人たちがロック調の音楽で歌い踊る、こういったダンスパートは思いっきり弾けた印象で楽しいシーン。偉人たちと会話するも噛み合ず、”福沢諭吉”で芽衣は「あ〜あ、あの1万円札の〜」と言ったとたんに偉人たちは驚愕、当時の人々にとって1万円なんで実感がないくらいに高額、こういった慌てぶりはコミカルで可笑しい。なんたって明治時代初期、1円が現在の約10000円に相当するので、腰を抜かす程の金額になる。

出て来るキャラクターはファンの期待を裏切らない構築ぶりで小泉八雲は幽霊やお化けを信じているし、泉鏡花は川上音二郎に「鏡花ちゃん」と呼ばれているし、ファンなら”あるある”なシーンが随所に観られる。この舞台にはいわゆる”アンサンブル”という主にダンスパートを担うキャストはおらず、登場人物が時として仮面をつけて踊る。これが効果的で、仮面を被る事による”匿名性”が生まれ、そのシーンの空気や登場人物たちの気持ちを視覚的に代弁する。しかし、仮面のみで衣装を着替えてはいないので、視覚的には常に”100%アンサンブル”を担っている訳ではない。シーンによっては傍観者的な立場にも見える。ここはなかなか秀逸な演出だ。

偉人たちは皆、綾月芽衣が気になる様子、時代を超えてやってきたヒロインは、偉人達の心を意図せずに翻弄する。時折、舞台後方に映し出される登場人物のシルエットは、物語の輪郭を印象的に際立たせる。また、影絵のような投射で”もののけ”を表現、このアナログな表現が作品世界にマッチする。物語はヒロインと菱田春草(橋本祥平)の恋愛を中心に進行する。過去の時代を体験し、ヒロインは恋愛を通じて成長する。菱田春草は未来から来た少女に出会うことによって創作意欲が沸き、そして後世に残る”あの作品”を描き切る。ヒロインは結局は、いつかは元の場所に戻らなくてはいけない時が来る、出会いがあれば別れがある、別れの瞬間は限りなく切ない。神秘的な赤い月の夜に、その月は、心の奥に秘めたほとばしる熱い心を感じる。白雪役(黒瀬千鶴子)がシックな衣装に身を包み、随所でしなやかなダンスと艶やかな歌声で『明治東京恋伽』の世界を縁取る。

もちろん、”切ない”だけでなく、ちょっとしたお楽しみシーンもあり劇中で!牛鍋対決がなんと日替わり!、ここは要注目ポイント。楽曲は全部で22曲、絶えず曲が流れている印象、”歌劇”と銘打っているだけのことがある。また小泉八雲が不意に客席の”あなた”に向かって何か”仕掛けて”くるかもしれないので、通路側に座る予定なら、ちょっとご注意を。視覚的には遊馬晃祐が女形に挑戦、少々柄の大きい艶やかな着物姿で高くジャンプ、ここも必見だ。
恋愛というエネルギーは、人を変える力がある。

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